カリフォルニアテンカラ日記(4) -アメリカ人釣り師気質−

 

朝8時にダニエルのアパートを出発した。目的地はシェラネバタ山脈である。オークランド市へつながるベイブリッジを渡る。上りと下りが 二段になっていてそれぞれ5車線である。Wikipediaによれば、この橋は1930年代半ば、金門橋とほぼ同時に作られている。日本で言えば昭和10年 頃の第二次世界大戦の前である。この一事をもってしても当時の日本がいかにアメリカの国力をみくびっていたかがわかる。

130〜140kmで爆走する。ダニエルの車はスバルレガシー・アウトバックである。すでに32万キロ走破し、ボコボコだが絶対の信頼があるとのこと。アメリカではスバルの評価は高いようだ。郊外に出る。ひたすらまっ平らな乾燥した 大地が続く。この風景が2時間続くようだ。 ライセンスを買う。10日間で40ドル。カリフォルニア州どこでもOKである。日本もこうならないだろうかと思う。

途中、マックでランチを買う。店員も客も全員デブ。アメリカはデブの帝国である。ここでマーチン の車に乗り換える。マーチンは検事らしい。歳は私と同じで、話すうちに家族構成も子供の年齢もほぼ同じということがわかってきた。

途中、キャンプ用のトウモロコシを買う。裏手が広大なトウモロコシ畑の前に店がありメロンなどのフルーツも売っている。メロンを 2つ胸に入れたようなデブの店員が重そうに歩いている。3本で1ドル。安いときには10本で1ドルらしい。キャンプでわかったのだがメチャクチャまずい。味がなくパサパサ。家畜の餌 かバイオガソリン用かもしれない。

平原の向こうに山が見え、あれがシェラネバタのようだ。車は山道にさしかかりグングン 高度をかせぐ。走ること3時間で集合地点へ。3時間といってもスピードが速く、信号がないので感覚的には名古屋から東京といった感じである。なにせカリフォルニア州 は日本と同じ面積なのだから。

集まったのは8名で、これにDVD撮影のブライアンが加わった。ブライアンはテンカラのドキュメンタリーを創るらしく以降4日間一緒であった。モンタナから来たそうで18時間かかったらしい。車はトヨタのTacomaでトヨタサーフを長くした構造である。

渓流の名前はインディアンの言葉をとったものらしく、その点、北海道と似ている。毛バリまで5.5mでほとんど届く規模である。植生こそ違え、花崗岩の渓相は日本とまったく同じである。釣り人も多いらしく、踏み後もしっかりついている場所もある。ダニエルたちはよくここに通うようだ。

実釣を見せてほしいというので5分余り振って見せた。この間、25cmくらいのニジマスを筆頭に4つ。OKの声が掛かると同時に全員が上下にわかれ釣り開始である。え? もう! 説明が必要なのかと思ったが、必要なし。自己判断というわけだ。

日本なら、では何時にどこに集合と決めるのだが、それもなし。ダニエルは率先して釣りに行ってしまう。お前、幹事だろう。集合時間くらい決めたらどうだ。初めての川でまったくわからず私は一体どうしたらいいのだ。つまり、個人主義が徹底しているのだ。誰かが統率を取るのではなく、自分の判断で行動し、結果は自己責任というわけである。

一切の放流がない天然繁殖なので魚の数は少ない。ここぞというポイントで出なければ出ない。ニジマスとたまにブラウンである。

マーチンの釣りを見ていた。歳が同じだけれどはるかにヨボヨボである。1か所からほとんど動かず、何度も同じところに毛バリを流す。マーチン、そこは絶対に出ないと思うよ。ニジマスは毛バリを見れば1投で出るのだから。マーチンは私を見て、今、黄色いBeeがハッチした。黄色い毛バリがあれば釣れるのだがと言う。違うの、毛バリじゃないんだから。

空は雲一つない快晴で、とことんドライである。日差しは強いが汗が出ない。喉が渇く。水はどうするかと言えば川の水をすくい、微生物をろ過するフィルターを通して飲む。当然、細菌はろ過できないようだ。上流にダムがあるようで水質はよくなく、石に繁茂した珪藻で渓流は薄い緑に見え、白い泡が流れている。

集合時間を決めたわけではないのに、同じ頃パラパラ集まってくる。ボブ(65歳)が25匹釣ったという。実はボブは今日、テンカラが初めてなのだ。これまではずっとフライ。まさかり担いだ金太郎のテンカラ初日で爆釣である。すっかり興奮しているのがわかる。クラブNo1とか、No2のボブが「テンカラってすごいぜ」とPRしてくれればと、ダニエルはブライアンのインタビューの間、つきっきりである。

ボブはその後、なんと45cmのニジマスを釣った。水面上?と聞くと、水面下とのこと。ボブはこの川に通っているのでつき場が分かっているようだ。昨日の大物が掛ったら?という質問はこれを想定したものかもしれない。ボブの撮った写真を廻し見した。いるのだ、このサイズが。

いつの間にか流れ解散である。このあたりもアメリカ的である。リック夫妻にはお別れを言うことができた。元気でリック。シェリーゆっくり食べようぜ。

中野さんも帰ったので、以降は英語一色である。夕マズメは小渓流へ。しかし、直径30mはある淵もあり、ここは夏になると水遊びの人が一杯らしい。夕マズメにブラウンが1つ出た。

その日は野営のキャンプである。空には満点の星。天の川がくっきり見える。薪を集め火を起こす。こんなキャンプは何年ぶりだろうか。乾燥したパキパキの薪なので火のつきがいい。火を囲んでとりとめのない話が続く。ブライアンはムービーを撮る。全部、テンカラの話である。政治や経済の話題は1つもない。とことんテンカラである。ブライアンもテンカラ師なので撮影にも力が入る。

キャンプにはトロイと彼のガールフレンドも一緒である。トロイは名前のようにギリシャからイランにかけての民族の顔立ちである。サウスポー。自分のキャスティングの技術よりも長いピンクのレベルラインを使用していたので1mカットするようにアドバイスしたら、釣れるようになった。

ガールフレンドは可愛い顔である。人柄もよさそうだ。なにより控えめに小柄なのが好ましい。ただしである。洋ナシなのだ。尻に向けて洋ナシのように太っている。惜しい。かってはベジタリアンだったらしいが、止めたら太りだしたらしい。

中国食材店で買ってきた鶏の心臓を串焼きにする。これはうまいのだが、アメリカ人は食べないらしい。ダニエルと私以外は手を出さない。これを食べなきゃチキンハート(臆病)というジョークもあって、おそるおそる手を出す。トロイが勇気を出してパクッ。美味かったと見えてガールフレンドもパクッ。

ダニエルの故郷、ブラジル風に塩コショーしただけのステーキは美味い。山の中で食べるからなおさらだろう。夜もとっぷりと暮れ、薪の火も白い墨に変っていった。熊が怖いので食べものは車の中へ。テントにもぐり込む。標高1500m、寒いが眠られない夜ではなかった。

その(5)へつづく