カリフォルニアテンカラ日記(最終回)  -ゴールデントラウトを釣る-

 

あまりの寒さでウツラウツラの夜であった。ダニエルが手際よく卵焼きを作る。これにベーコンを焼いてパンに挟んでGood。

今日で最後だ。夜にはサンフランシスコに戻る。ゴールデントラウトを釣りたい。黄金マス。Wikipediaによれば「ゴールデントラウトは、滝などの地質構造の変化と氷河によって氷河期に河川の下流域から隔離され、河川の最上流域に陸封された完全な淡水型のマス」とのことである。日本ならさしずめ紀伊半島のキリクチといったところか。

Webにはアメリカでゴールデントラウトを釣った人の情報もある。移殖もされたのでアメリカの各地にいるらしいが、種類は3種類ほどあるようだ。高地の湖などにも生息し、湖のような餌のある場所では身体も大きくなり、金色に輝き、まさに黄金マスにふさわしい写真が載っている。

しかし、ここは小さい沢である。大きな魚は期待できないだろう。沢の名前を写真に撮ったらブライアンが「シークレット!」 すぐにジョークだよと。でも名前は明かさない方がいい。

上流までトレッキングして入る。突然、川が開け滑板状の岩盤帯になる。ここからはニジマスは上がれないので、純血とのことである。岩盤と岩盤の間の溝と、その間の小さなプールにいた。

写真でわかるように、アルビノではない。尾部にニジマスと同じ斑点があるが体側にはない。くっきりとしたパーマークに虹色の帯がある。背中にはまったく斑点がない。腹は橙色からピンクであり、体色は黄色味が強い。文字通り金ではないが、光線によっては金に見えなくもない。

21cmが最大であった。ダニエルの話ではもう少し大きいのもいるとのことだが、生息環境からして期待できない。岩と岩の間のせまい溝の、わずかな流れに生息している。周囲は松だけである。しかも標高は1800m。氷河期に高いところに隔離され細々と生きてきた魚だから冬の厳しい環境にも耐えるのだろうが、イワナのようなしぶとさはないだろう。

さすがに釣り人は皆無と見えて人を恐れる様子はない。毛バリを見るのは初めてだろう。毛バリを見つけると次から次に寄ってくる。どこも子供は好奇心が強い。小さいのから毛バリをくわえる。合わせない。モゴモゴして毛バリを吐き出す。それを他の魚がくわえる。それを見て、大きいのはゆっくりと隅に逃げるが頓走はしない。

魚の大小は関係ない。話には聞いていたゴールデントラウトを釣ることができ、その場所に立つことができた。これで十分である。みんなも満足そうだ。毛バリの怖さも、釣り人の怖さも知らない魚をたくさん釣りたいとは思わない。十分、満足だ。

ランチを兼ねて乾杯した。有難いことに、こんな山中までノンアルコールビールを運んでくれた。カンパーイ、実にうまい。カリフォルニアのこんな山中に来れただけで幸せである。充実感が身体を走る。自分はハッピーだ!皆なに感謝して山を降りた。

ブライアンとはここでお別れである。モンタナまで帰るという。元気で。 すばらしいドキュメンタリーを創ってくれ。テンカラの普及はブライアンにかかっているからね。

キングス・キャニオンはアメリカで最も谷が深いらしい。その深さ1500m。グランドキャニオンは幅が広い。そして長い。帰途、時間がなく谷を覗くことはできなかったが、そのかわり、アメリカで一番太いセコイアの木を見た。モンタナのセコイアは背が高いが、ここのは太いそうだ。中は空洞であった。写真からその太さがわかる。

サンフランシコまでまた長い道のりである。ハイウェイを爆走する。片側3車線、ところによって5車線。時速130〜140kmである。車間も短いが、当初、身体を硬くしていたこの速度にも慣れた。

メキシカン料理の店でディナーをとる。すごいボリュームである。私はなんとか食べたがクリスもダニエルも残す。ウエイトレスのメキシコ女性もみんな太っている。食い過ぎだよ。

デブのことばかり書いている。食いものを自分でコントロールすればいいのではと思うのだが、それが難しいようだ。ルポ貧困大国アメリカT・U(堤 未果著:岩波新書)を読むと肥満は貧困に起因するらしい。2005年にアメリカで「飢餓状態」を体験した人はなんと人口の12%に上るという。

食いものが余っているように見えるアメリカで飢餓の人たちがいる。それを救うのがフードスタンプという配給制度で、買えるのは安くて調理がいらず、カロリーが高いハンバーガーなどのファストフードやジャンクフードというわけである。これらを食い続けて太り、 病気になり、医療費がかさみ、学力が低下する悪循環である。肥満が増えるのは構造的な問題で個人ではどうすることもできない。

かっては金持ちは腹が出ていたが、今のアメリカでは腹が出ているのは低所得者なのだ。食べ物を自分でコントロールできるのは知識があり、お金がある人である。政治家にはデブはいない。これが日本の近未来にならないことを願うばかりである。

カリフォルニアのほんの一部でテンカラをしたにすぎない。でも、アメリカでも渓流や小渓流の釣りを好む人もいる。釣り人気質はどこも同じである。ただ何がなんでも俺の魚みたいな強欲さは感じられなかった。持ち帰り尾数制限(2匹まで)などの規則が徹底しているからだろう。

来年はモンタナにいかないかと誘われた。どうしたモンタナと、いささか疲れた頭にさえないオヤジギャクが浮かんだ。先日、渡った夜のベイブリッジを渡る。サンフランシスコの街は今夜も深い霧に包まれていた。

(終わり)