われら軟弱テンカラマン

 

バタ、バタ、バタ・・・ルーフをたたく雨音が聞こえる。うつらうつらの中で、かすかに目を開ける。ここはどこ、私は誰? 夢の中のようなボンヤリした頭の中で、そうか久保さんの車で仮眠しているのだ。この雨では増水か? 気がかりしたのはわずかで再び夢の中へ。

目ざめたのは朝の5時。昨夜は2時に現地着。今から山越えして石川県の手取川水系の支流に入る。メンバーは金沢の渡辺さん、一宮の久保さん、そしてシャチョー牧野さんと私である。渡辺さんと久保さんは山岳渓流のベテランで山歩きも強い。

「ここから登ります・・・」と渡辺さんが指す先には斜度60度の緑の壁。久保さんがアミノバイタルと、津村のけいれん止めの漢方を配る。とんでもないところのようだ。覚悟を決めた。

「ゆっくり行けば、行けますから」人一人歩くだけの道がついているが斜度がきつく落ち葉で滑る。歩いて5分。たちまち息が切れ、汗が噴き出る。小雨と湿気でレインギアの下のシャツは早くも汗でびっしょり。次第に高度を稼ぐが、渡辺さんの後につくのに精いっぱいで周囲を見る余裕がない。

20分たった。休憩がほしい。でも自分から言うのは・・・。牧野さん、言ってくれ。牧野さんもシンドかったと見えて「休ませてください」 ホッ、自分から言わなくてよかったと、こんなところでもミエを張る。「ここで半分です・・・」渡辺さんは汗もかいていない。私より1つ若いだけだ。

40分で登りきった。4人が休んでいる先を熊が走りぬける。クマモンの私への歓迎の挨拶かもしれない。他にいるかもしれないので、久保さんが笛を吹く。ここから10分藪をこいで下った先が目指す支流である。降りるにつれ次第に渓流の音が大きくなる。

降り立った先の渓流は苔むした石の連なりと、自然林が織りなす見事な渓相である。苔むしているのは山が安定しているため大きな水が出ないことを物語っている。事実、梅雨末期の連日の雨でもまったく濁りはなく、わずかに水かさが増しているだけである。

3.3mの竿に毛バリまで4mの仕掛けで十分である。4人で交互に釣り登る。渡辺さんはサウスポー。右手をタモに添え、ヒットの瞬間に抜きあげ、タモにスパッと入れる抜きテンカラである。タモの素材はやわらかくバーブレスなので魚へのダメージはない。今度、真似して見よう。

すべてイワナである。放流が一切ないので白山水系の原種のイワナかもしれない。オレンジの斑点があざやかである。これまで見たことのないイワナである。渓相からみて尺ものはほとんど期待できないかも。最大は27cm止まりであった。

釣り上がるに従い次第に周囲の木々が根元から曲がり川の中にせり出してくる。ここは名にし負う豪雪地帯である。雪の重みで木が曲がってしまうのだろう。木だって「なんでこんなところに生えたのか、素直に伸びたかった」と嘆いているかもしれない。

1時に上がることにした。朝5時からである。十分楽しんだし、疲れもある。渡辺さんがGPSで林道の位置を確認している。ここから100m上にあるらしい。直登である。木や枝をつかんで喘ぎながら登る。足元が雨と濡れ落ち葉で滑る。やっとのことで林道へ。 林道といってもすでに廃道となったそま道である。ここから歩き1時間で峠に。やれやれ、でもこれから下り40分ある。

シンドイ。汗が噴き出る。帽子のひさしから汗がしたたる。やっとのことで車に戻る。戻れたというのが正直なところである。疲れた、つらかった。そして軟弱な身体であることを改めて思った。クマモンのような身体は山登りに向いていない。跳んだりハネたりするためのガンダムのような筋肉と腹の回りの脂肪は山を登るためには不要である。

その夜は白山市営のくろゆり荘へ。温泉が身体をユルユルにする。硬直した筋肉がゆっくりほぐれていく。あぁ、温泉最高。日本人に生まれてよかった。夜は熊鍋、熊肉の刺身などでバカ飯を食うつもりが、疲れがあったのだろうキリンフリー2本とご飯2杯しか食べられなかった。惜しい。3杯の予定だったのに。

睡眠不足と疲れで8時には気絶する。夜中に牧野さんの足がけいれんしたらしい。この軟弱もの・・軟弱な私が言うことか。開けて朝5時出発。今日は堰堤の連続する支流を釣る。急斜面なので堰堤間は200mもないところもある。まだ雪渓が残っているこんな過酷な環境で生きるイワナも自分の生まれを嘆いているかも。

昨日と違って周囲が開けているので、いつもの軟弱渓流テンカラマンのとくいのフィールドである。水が澄み、石が白いので釣れるイワナも美白イワナである。石のアップダウンと堰堤越えがシンドイが昨日のことを思えばなんということはない。

堰堤間でしか繁殖できない過酷な環境のためか、ここではイワナが尺上に成長するのは難しいかもしれない。釣れるのは25cmどまりである。11時、釣り始めて5時間で終了した。十分寝たが疲れが残っている。大岩の連続と堰堤越えがシンドイ。一瞬グラッと来たり、足がすべっただけで転落の心配がある。俺たちには明日はない、怪我したら来年のない2人にはこれが限界である。

今回、これまで経験したことのない源流テンカラは貴重な体験であった。いかに、これまで軟弱テンカラをしてきたかということと、自分の体力のなさを知ったが、では鍛えて源流を目指すか・・・。うーん、考えておくことにしよう。日本では考えておくということは、考えないということなのだということを、まもなく行くアメリカのダニエルに教えてあげよう。