翌朝は4時に目が完全に醒めてしまって、もう寝つけない。日本は昼の1時なので身体は昼間モードなのだ。部屋を見わたすと、なんと山本素石の本があるではないか。読みたかった『山釣り放浪記』にこんなところで巡り合えるとは。
ダニエルは読めないのに、どうして素石さんのことを知ったのだろうか。朝までに読破した。テンカラをする人で山本素石を直接知る人はもとより、著作を知る人も少なくなっただろう。
ダニエルが自宅から5分のところに新たなオフィスを構えた。スタジオとして使っているようだ。専用オフィスを持つくらいなのでビジネスとして成功しているに違いない。専任とパートで数名のスタッフがいる。
アメリカではテンカラはMovement(テンカラへの動きや流れ)になっているようだ。Googleトレンドで、アメリカにおけるFly
fishing とTenkaraの検索数を拾ってみた。
Googleでこれらの言葉を検索した数の推移である。Fly
Fishingが次第に少なくなっているのに対し、Tenkaraは2009年から増え、以降右肩上がりである。
2009年はダニエルが起業した年である。2014年にピークがあるが、これはパタゴニア社がテンカラに参入したからである。
Face
BookなどがあるのでGoogleの検索数がそのまま反映しているわけではないが、Tenkaraに興味を持つ人が年々増えているのは間違いないだろう。
オフィスは広く、写真撮影や録画などのセットが完備している。ダニエルのwebサイトでTenkara
Castという新しいメディアを開設した。これは音声だけであるが、例えばアメリカのテンカラファンがテンカラについて知りたいことがあれば、ここにアクセスして自由に質問したり、誰かが回答したりすることができるのが特長である。
今回、私がアメリカに来ることはダニエルのサイトで知っているので、私に対する質問がたくさんあったようで、これに対して回答を録音するというものである。日常の会話であればなんとかなるが、さすがに細かいニュアンスはわからないのでEikoさんが通訳してくれた。
収録に2時間あまりかかった。オフィスのあるビルには整体、アロマなどのテナントがたくさん入っている。中庭は日本庭園ということになっていて、石庭がしつらえてあり東屋風の小屋があるがどこかおかしい。
なんと天皇家の菊のご紋がロゴになっていて、しかもその前には中国風の龍が。菊のご紋の向いあわせには神社の鳥居が。
これは明らかに日本人が造った庭園ではない。おそらく日本に行ったことがある、あるいは全くないかもしれない日系人か、中国人が造ったものだろう。日本人なら菊のご紋を使うことはない。
日本の文化や食べ物がそのまま外国に伝わるかは難しい。その国には独自の文化や習慣があるので、デフォルメされ、変容するのは仕方ないところがある。
それを強く思ったは収録後のランチである。太巻きの店が出来たというので、そこでランチにした。トッピングにはマグロもあるので日本風になるようにマグロを注文した。期待に反して出てきたのはとても太巻きとは言えないしろものだ。
第一、寿司飯ではない。ただのご飯。マグロは入っているがトマトも入っている。海苔の香りがしない。そもそも海苔は巻くものではなく、くるんだだけである。だからアルミホイルでラップして崩れないようにしてあるのだ。
知らずにアルミをはがしたらボロボロと崩れてしまった。酢と海苔の香りがたち、立てても倒れないような太巻きが本当の太巻きだ、と言いたいところだ。これで11ドル。1300円なので高い!
タニエルは皿で頼んだ。出てきた皿にはマグロは入っているが、柔らかいビーフジャーキーのようなものも。そこにマヨネーズドレッシングである。
日本にあるイタリア料理やフランス料理がそっくりそのままの向こうの料理なのかわからない。こんなものイタリア料理じゃないとイタリア人は思っているかもしれない。ウビ君に聞いてみたいところだ。
だからこそ、アメリカには日本のテンカラがそのまま伝わってほしいのだ。テンカラと言いつつ、とんでもない釣りをテンカラと思っている人もたくさんいるのだから。
ダニエルは単にテンカラ用品を売るのではなく、テンカラの背景になっている日本の文化も伝えたいと考えているところにアメリカのTenkara
Movementがあるように思う。単にテンカラ用品を売るだけなら、アメリカでテンカラがここまで盛んになることはなかっただろう。
午後は3人の女性にテンカラを教えてほしいという。女性なら一段とやる気になるオジサンである。場所はボルダーキャニオンである。ダニエルの家から20分。この渓流は昨日のエルドラドより水は綺麗だが、源流はやはりダムである。
時速100kmで走る道路に沿っているので路肩駐車ができないため、駐車スペース付近におのずと釣り人が集中する。
学生らしい女性と40歳くらいの2人である。うち一人は子どもの脳の発達の研究者とのことであった。ともかく軽装である。膝小僧丸出しで一人はサンダルである。魚はたくさんいるので、駐車場からパッと降りて、パッと毛バリを振ればパッと釣れるのだから、この格好でも構わないのだろう。
ランニングする陸上選手らしい集団、水遊びする人、ウォーキング、バイク、クライミングする人達が行き交っている。とくに構えなくても、テンカラはバイクのついでに、クライミングの後にというように、他のアウトドアスポーツと近い関係にある。ひょいとテンカラ、ひょいとクライミング。
それもこれも魚がたくさんいるからだ。3人のうち2人はまったくの初心者。キャスティングからポイント、魚の習性などを説明してからやってもらう。すぐに釣れるのだ。交互に釣りあがって行けば人のやった後を釣ることになるが、それでも釣れる。
これだけ簡単に釣れるのなら、面倒くさいフライフィッシングでなくてもテンカラでいいじゃんというのも普及の背景にあるだろう。
釣りのライセンスは、Webで入力してカードで支払うシステムが完備されているので事前に準備できる。プリントして持っていればいい。朝早かったので買えなかったと言ういい訳はできない。その代わりライセンスなしの釣りは逮捕という厳しいペナルティである。1日で600円程度である。
このような厳しいライセンスとともに、州により違うようだがここでは1日に持ち帰りは2匹までというルールがある。皆、リリースなので魚が減ることがない。渓流の規模に応じた適正な数の魚がいる。
エルドラドも、ボルダーキャニオンでも最大で35cmどまりらしいが、数はいくらでもいるので2~3時間も釣りをすればある程度満足できる。他の時間を、ほかのアウトドアで過ごすマルチな遊びができる。
夜討ち朝駆けして暗くなるまで釣りをして、釣った魚はゴミ以外全部持ち帰るなんてクレージー。数釣りもしない。これだけいれば、数釣って誇るなどクレージーである。何匹釣ったか? 釣った数は言わないし、聞かれない。
イブニングになるとチェックと一緒に釣りをした。185cmくらいの大男だ。彼も膝小僧丸出しである。どこも釣りになるが、さすがに釣り人の少ないところは数も型もいい。この日は8時ごろまでやった。
ディナーはメキシコ料理のブリトーである。肉、豆、野菜などをトウモロコシ粉でつくったトルティーヤに巻いてアルミホイルでくるんだメキシコ版の太巻きである。これもかぶりつくようにして食べる。つくづくアメリカはかぶりつき文化だと思う。
明日から1泊2日のキャンプでワイオミングのレインボーだ。朝5時起床とのこと。今晩こそ、ぐっすり眠りたい。 |