京都の藤本さんから「北海道どうでっか。天龍の会長もいきますねん」
いつかとか、今度のない私は、ふたつ返事で行くことに決めた。
2倍速でしゃべる藤本さんの言葉は、つまり半分しか聴きとれない。現代は江戸時代の3倍の速さで話しているようなので、江戸時代の人には彼の言葉は6倍速になるから、キュルキュルとしか聞こえないだろう。
場所は道南である。どうなんかな? 藤本さんはこのあたりの渓流に通って10年以上とのことでポイントを熟知している。
1日目は朝6時に出発、林道のドンつまりに車を停める。そこから伏流している川床をトコトコ歩くこと1時間。
全員、熊鈴をつけ、20分おきに爆竹を鳴らす。熊の糞と足跡がいたるところにあり、なかには今朝?というのもあって、熊の土地に踏み込んだことを実感する。
やがて細々とした流れがあらわれる。上流にあがるにつれ、流れは次第に太くなる。聞けばチャラ瀬でも足首くらいの深さがあればイワナはついているようだ。淵や小さいタマリには間違いなくいる。
まさか伏流した河原を1時間歩いた先にイワナがいることは、ほとんど知られていないだろう。釣りゴミがまったく落ちていない。足跡もない。雪が溶けて我々が今年初めて入ったのかもしれない。
結論を言うと、イワナが気の毒なくらいに釣れる。アメマス系の白点の大きなイワナと藤本さんがエゾイワナと言う黄色っぽい斑点のあるイワナである。尺上はそんなに多くないが、9寸クラスはいくらでもという印象である。
毛バリは藤本さんが巻いた10番のドライ毛バリである。白いエアロウィングでループを作ってあるので、ぽっかり浮いてよく見える。バーブだったので、ペンチでバーブをつぶす。ハリスは1.5号にする。
やがて5人グループのうち3人は分流した右の沢へ、藤本さんと私は左の沢に入る。彼もここから先は行ったことがないようだ。おそらく、ここ数年誰も入っていないのかもしれない。ましてやイワナは毛バリなどこれまで見たこともないに違いない。
そう思ったのは次のことからだ。
そこは魚止めのような小滝を右岸から巻いたその上流であった。しばらくアタリがないので、あの滝が魚止めかと思ったが、やがて型は小さいもののアタリが出だした。
この上流にもいるぞ。
ここで出なけりゃというポイントでパコンと毛バリに出る。これはデカイ。ともかく遅合わせである。魚が毛バリに出て、潜ってから1秒くらいたって、ヨイショと合せる。
これでがっちり掛かるはずが、グルグル、ガシガシ引いた後にポロッとばれる。ところがそのイワナはゆっくり、のったり、何事もなかったかのようにもとのポイントにも戻っていったのだ。
これはまた出るぞ。案の定、また出る。しっかり取り込んだイワナは36cmであった。いつも遊んでいる渓流の魚なら、びっくり遁走して二度と出ないのに、ユラユラ戻ってまた出る。
まったくスレていないのだ。毛バリが刺さっても「痛ぇ!」「ちょっと変」程度にしか感じていないのかもしれない。
2日目は車道から20mロープで降りる深い谷を流れる渓流であった。前日と違って本州の渓流のような瀬と段落ち、淵の連続である。ここでもいくらでも釣れる。本当に気の毒なくらいに釣れる。結構足跡があることから、最大でも尺止りなのは魚が抜かれているからだろう。
2日間、道南を堪能した。藤本さんの誘いと案内がなければ実現しなかった。感謝である。
ともかく蚊が多い。膝から下には蚊がワンワンと犬のようにいる。座ると顔のところに寄ってくるので、休憩も昼メシも立ったままである。長袖、手袋は必須。ハッカの虫よけ、虫さされの薬は必携である。
塩爺会長は85歳。85歳で北海道に釣りに行こうという人はまずないだろう。とても85歳とは思えない健脚である。1日目は我々と同じペースで朝から晩まで歩く。
常に前向きで、好奇心にあふれている。いつも言葉に配慮して発言する。他人のことを悪く言わない。釣果をほこらない。塩爺と加山雄三。こういう人になりたいものだ。
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