煙たい話(1)

 

先に、酒について書いたら、先生ってテンカラの先生と思ったら大学の先生だったんですね。酒の話は面白かったです。次はタバコのことを書いてくださいというメールが来たので、調子こいてタバコの話。

喫煙率84%の時代

渓流の澄んだ空気の中、50m離れていてもツーンと来る臭いで「あ!このやろぉ、タバコ吸いやがったな」(先生にしては言葉が乱暴)

なんでこんなところで吸うんだ!と言えば、空気のいい渓流で吸うからウマイんだとホザク。まったくタバコを吸う奴につける薬はない。

渓流で吸われると、飛びけりで渓流につき落としてやりたくなる。タバコを吸う人、冗談ですから。でも、渓流では私に背を向けない方がいいですよ。

かく言う私も20歳から27歳までの7年間吸い続けた。最後の頃は10本入りのショートホープを4箱、40本吸っていた。

タバコを挟む指はヤニで黄色くなり、歯の裏が黒くなったので、ヤニを落とすというふれこみの歯磨き粉を使っていた。落ちていたのかもしれないが、それ以上に蓄積していき、裏だけでなく、やがて表も黒くなった。

私がタバコを吸いだしたその年、1966年には成人男性喫煙率はなんと84%に達していた。男の10人に8人がタバコを吸っていたのである。この時代、男ならタバコを吸うのはあたり前だったのだ。

当然のように私もタバコに手を出した。タバコとの出合いは不快なものだった。好奇心から「ピースの両切り」というきつい、値段の高いタバコを同級生からもらった。

当時、学生でピースの両切りを吸う奴には、おお、お前は金持ちだな、というくらい高いタバコだった。彼がライターで火をつけた。

「吸ったら深呼吸しろ!」

「ゴホッ、ゴホッ!」

「もう1回深呼吸!」

「ゴホッ、ゴホッ! うぅ」

2回吸ったところで急に気持ちが悪くなる。吐きそうだ。俺、部屋に戻るわ。ところが頭がクラクラして階段を降りれない。

壁づたいになんとか部屋にたどりつき、センベイ蒲団を引っ張りだしてフトンをひっかぶる。うぅ、気持ち悪い。目をあけると天井がグラグラする。

こんな不快な出合いだったにもかかわらず、やがて40本吸うまでになるのだからタバコは悪魔の煙なのだ。

止めれてよかった

7年の間に何回止めようしたかわからない。俺、止めたからと言いつつ、吸ってる友達を見ると、ごめん1本くれる、と手を出す情けなさ。元のモク阿弥とはこのことである。モクとはタバコのことである。

大人なら、いや子どもでも、他人が食べているご飯やお菓子を欲しいとは言わないのに、タバコだけは大の大人が他人のタバコをほしいとせがむ。

タバコをくれる方も禁煙が難しいことを知っている。どっちみち止められないだろうと「ほらほら1本、どう」とタバコをくれる。

すぐに食いつくことがわかっている。仲間は減らしたくないのだ。タバコはコミュニケーションのツールなのだから。

タバコがない。困ったぞ。そうだ、シケモクを吸おう。シケモクは灰皿にある吸ったタバコのことである。中から長めのタバコを取り出し、それを吸う。

大の大人が、場合によっては誰が吸ったからわからないタバコを拾って吸う。なんという意地汚いことか、と今では思うが、タバコがないとそこまでするようになるのだ。

しかし、やがて止めるときがきた。家内の腹が大きくなり、あと1ヶ月で生まれるというときである。こんな狭い部屋でタバコの煙を子どもに吸わせることになるのか。

止めなくては。止めよう。止めるぞ。止めた。止めたと決断したものの、翌日は日本海に徹夜で釣りに行き、帰りに眠気ざましに3本吸ったのが最後である。このチャンスがなかったら、今でも吸い続けたのではないかと思うとゾッとする。

ニコチンの語源

中南米の喫煙習慣だったタバコを最初にヨーロッパに持ち込んだのがコロンブスである。1492年、西インド諸島、カリブ海に到着したコロンブスはタバコを目にする。

コロンブスは都合3回、この地域に遠征しているが、ヨーロッパに持ち込んだのがタバコと、現地の風土病だった梅毒である。

当時のポルトガル駐在のフランス大使だったNicot(ニコー)はコロンブスが持ち帰ったタバコ葉をフランス女王に潰瘍の薬として献上している。ニコチンは、ニコーの名からとったものである。現在に名を残す数少ない人である。

1543年、日本人は種子島に漂着したポルトガル船の船乗りがタバコを吸うのを初めて目にすることになる。カリブ海から日本までタバコが伝わるのに50年かかっている。

江戸時代の初めにはすでに喫煙習慣は奥州(東北)まであり、日本の喫煙習慣は急速に広まっている。

日本の高い喫煙率は軍隊と関係があるようだ。軍隊では兵隊にタバコを配った。兵隊にとっては明日の命を知れぬ身に、タバコはつかの間、ホッとするひとときである。

恩賜のタバコがあった。家内の父親が海軍陸戦隊(上陸部隊)で中国の闘いで功労があったらしく恩賜のタバコをもらったそうで見せてくれた。桐の箱に入っており、1本ごとに金の菊の紋章が入っていた。

ニコチンがほしい

1966年に84%だった喫煙率は、ほぼ年1%の割合で下がり、現在では男は約30%である。タバコの健康影響、値上げ、受動喫煙の害などが次第に周知されてきたからだ。

しかし、タバコを止めるのは実に難しい。タバコは嗜好品と言うが嗜好品ではない。好きでたしなんでいるのではない。

調査により数字は異なるが、タバコを吸っている人の30%がタバコを止めたいと思っている。好きなら、止めたいとは思わないはずなのに。つまり、好きで吸っているのではなく、ニコチンに吸わされているからだ。

喫煙はタバコ煙に含まれるニコチンを繰り返し体内に吸入する行為であり、ニコチンを欲しいために繰り返しタバコを吸うことになる。

ニコチンは薬理学では生命破壊の薬物とされている。経口致死量は体重1mg/kgである。成人で50~60mgで、1gにも満たない微量で死亡する。

ニコチンは脳に7~10秒で作用する即効性がある。まさに一服である。スーッと吸ってフゥーとはき出す頃にはニコチンは肺から脳に達する。

脳にはニコチンと結合すると快感を生じる受容体があり、そこから快感物質のドーパミンを放出する。これにより、いわゆる至福感を味わうことになる。

私の経験からも、1、2回吸ったり、はいたりする間にホッ!とするような幸福感のようなものが訪れる。フゥ・・という肩がストンと落ち、脱力したような感覚である。タバコを吸い始めた頃はわからなかったが、しばらくしてこの感覚は快感になっていった。

ニコチンは二相性である。通常、たとえば覚せい剤(アンフェタミン)は興奮作用、モルヒネは沈静という一相の方向であるが、ニコチンは興奮と沈静の二相性である。

このため朝起きてボゥとしているとき、フトンの中で吸えばシャキとして目が覚めるし、イライラし緊張しているとき、吸えばスッと緊張がほぐれる。つまり、どちらにも効果がある。

体内に入ったニコチンは30分から1時間で半減する。すると身体がニコチンが切れたぞ、補充しろと催促する。イライラしたり、「今、すぐに吸いたい !」という気持ちになる。ヘビースモーカーほどこの間隔が短い。

タバコを吸えばこのイライラ感は解消され、ホッとする至福感が訪れる。しかし、また30分から1時間すると切れたぞと催促がくるので、またタバコを吸うことになる。つまり、ニコチンを補充するために、際限なく吸い続けなければならないのだ。

止められないタバコ

タバコを吸う人は好きで吸っているのではなく、ニコチンに吸わされているのである。医学ではニコチン依存症という病気とされている。

だったら、タバコの葉でなくてもいいじゃないかということで、ずっと以前、レタスの葉を乾燥させタバコのようにした健康タバコ(レタスタバコ)が発売されたが、まったく売れなかった。

なぜならレタスにはニコチンが入っていない。ニコチンはタバコの葉の中にしかないからだ。

タバコを吸わない人からみれば、なんで止められないのか不思議に思うだろうが、いったん、ニコチン依存になると止めるのは難しい。ヘロインやコカインを止めるのと同じくらい難しいと言われる。

私の経験からは、一瞬だけタバコは美味い。それは食事した後、美味いコーヒーを飲みながらつける最初の一服は、これだけならば今でも吸いたいと思うほどである。

口の中の雑多な味がコーヒーの味に代わり、タバコがさらに口に中をまとめるハーモニーの役割をするからだ。タバコを吸う人から「そうだ、だから吸うんだ」と聞こえたような。

しかし、美味いのは一瞬で、それ以外は惰性である。

禁煙すると強い吸引衝動が起きる。禁煙して数ヵ月たっても吸いたいという衝動が起きる。なぜ入れないのかと、ニコチンが怒っているのだ。

衝動は非常に強いイライラ感である。うぅ吸いたい・・。ここで頑張れれば「断煙」、タバコとさようならできるのだ。その間、タバコのない環境にいればいいが、 これが難しい。先のようにタバコを吸う人たちから、禁煙をやめさせようと「禁煙してるんだって、1本どう」と出されるので、それに手を出したら負けである。

依存症という病気なので、自分の意思だけではどうしようもないところもある。どうしても止めたいという人は禁煙外来を頼ってはどうかと思う。

次回は、タバコを吸うことによる病気について。タバコを吸っている人にこそ読んでほしいが、怖くて読まないだろうけど。怖いよぉ。