愛知県にヤマトイワナはいたか? |
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澄川のイワナ 今、愛知県には当たり前にイワナがいる。私が渓流釣りを始めた半世紀近く前、参考にした本には愛知県にはイワナはいないと書いてあった。そうか、イワナはいないのだ。 私が最初にイワナを釣ったのは長野県根羽川の支流、小戸名川で、餌釣りである。当時、道路は未舗装だった。 その後、今から35年ほど前、豊田市足助(あすけ)の「いろは釣具」で大名倉川支流の澄川で釣ったという餌釣りの人のイワナを見た。クーラーにびっしり入っていた。愛知県にもイワナがいるじゃないか。 稲武町の南、足助町の東にかって段戸山(だんどさん)と呼ばれた標高1152mの鷹ノ巣山がある。ここの水は澄川→大名倉川→寒狭川→豊川となり、一方、名倉川水系段戸川→矢作川に流れる。 大名倉川(名倉川ではない)はかって足繁く通った渓流で、清流公園上流のお化け騒動など懐かしい。最上流の宇連から下流はまもなくダムに沈む運命である。 宇連の上流に北から流れるのが澄川である。入り口は狭 くてテンカラが振れる気がせず一度も竿を出したことがないが、意外と上流は開けているようだ。 今ではイワナはあたり前にどこにもいるが、もともと愛知県にはイワナはいたのか、いなかったのか興味がわいたので、荒尾一樹氏の「愛知県産イワナの分布と系統」を読んだ。
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1953年の記録 これによれば、1953年(昭和28年)に澄川で採取されたのがもっとも古い記録のようだ。 さらにイワナはかって段戸川付近の渓流に生息していたが1963年以降、その姿が見られなくなった。 このため愛知県水産試験場は1974年から1979年にわたって、水産庁日光支部で養殖適応型として開発されたイワナ(ニッコウイワナ)を矢作川、豊川水系最上流部に放流したようだ。 私が「いろは釣具」で見た澄川のイワナはおそらく1974年以降に放流されたイワナなのだろう。 問題はニッコウイワナの放流以前、1953年の澄川のイワナである。 そこでこれを詳しく知るために荒尾氏の文献をもとに、勤めていた大学図書館で「稲武町誌」「設楽(したら)町誌」を調べた。さすがに大学図書館は知の拠点である。 稲武町誌(475頁)には1953年(昭和28年)に設楽町澄川で原田猪津夫氏が釣りにより1尾を採取したとある。 また1960年(昭和35)ごろに遠山泰治氏が井山川の上流で釣りで採取したとのことである。井山川は矢作川水系名倉川の支流。 また、設楽町誌も調べてみたが上記と同様の記述であった。 つまり、町誌にはそのイワナのサイズや白点の有無などの記述はなく、そのためヤマトイワナなのかニッコウイワナなのかは不明である。
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ヤマトイワナ探索隊 1953年はまだイワナの養殖はなくすべて天然イワナである。可能性として澄川に天然イワナがもともといた、あるいはどこか(愛知県外)から移植したことが考えられる。 ただ、わざわざ澄川の源流部にイワナを移植したのか、またその必要があったのかと考えると、天然イワナだったのではないかと思うのだ。 もし、そうだとすれば愛知県はヤマトイワナ圏である。また世界のイワナの南限である紀州のイワナのキリクチは、ヤマトイワナとされている。 鷹ノ巣山一体は紀州のキリクチのいる渓流より標高は低いが、緯度は高い。それゆえ愛知県にもともとヤマトイワナがいた可能性があるのではないか。 あるとき澄川のイワナの話を鈴村君(スズヤン)にしたところ、なんと澄川に行きましたと写真が送られてきた。 澄川の地図の×点のあたり。写真で見るように巨岩累々の深い谷である。イワナはニッコウイワナの特徴である。 地図で見るように、澄川の源流は鷹ノ巣山の懐深くにある。澄川を詰めていけば、ひょっとすると純粋ヤマトイワナか、ニッコウイワナとのハイブリッドがいるかもしれない。 釣り人は、やれヤマトだ、ニッコウだと白点や朱点から判断するが、厳密にはDNAを調べなければわからないようだ。 道路は上流部近くまで通っているので来シーズン、さしずめ段戸川倶楽部のメンバーでヤマトイワナ探索隊を出したい。 イワナが釣れたら持って帰り、しかるべきところでDNAを調べて貰うのだ。夢になるか、幻になるか。 |