野菜づくり(その3)

 

まだまだ続く外出自粛。藤の花は満開。渓流では山吹の黄色と緑のコントラストが目に鮮やかな頃になった。

トウモロコシは素人には無理

いろいろ作る中で、トウモロコシは素人には無理と思った。トウモロコシの皮ができる前に頻繁な消毒が欠かせないからだ。トウモロコシの中に虫が入ってから消毒しても、フトンの上から薬を塗るようなものである。

そうとも知らず、一切の消毒をしなかったので、できたトウモロコシの中は虫食いだらけ。さらに茎の始末が大変だった。トウモロコシの根は太く、深い。集めて燃しての作業が一苦労。もう金輪際、作らないことにした。

キャベツも無理。キャベツの葉が丸くなり出した頃にどこからか蝶がヒラヒラ。匂いで寄るだろう。キャベツの葉に卵を産む。気がつけばキャベツは青虫だらけで、青虫にエサをやっているようなものである。

キャベツも頻繁な消毒が必要で、消毒しないなら手でとるしかない。渓流のエサになるくらいとれる。こんなに頑張ってもスーパーで1玉200円程度で買える。ホント、疲れるだけである。

イチゴはクローン

果物はイチゴとキーウイを作った。イチゴは収穫後にライナーというツルを伸ばしその先に根を張るので、その根を来年植えるとイチゴ苗を購入しなくても毎年、作ることができる。ライナーはクローンなので同じ種類のイチゴである。

難しくないが、天敵は鳥とナメクジである。赤く熟した実を鳥がつつき、甘い味でナメクジがなめる。ナメクジというくらいだからなめるのだろう。おおむね朝の9時である。ナメクジ。

ナメクジが土の中にいるのを知ったときは驚いたが、毎年のことになるとナメちゃんにも分けてあげようと余裕ができる。

イチゴはシーズン中、次々になるが、鳥にもナメクジにも食べられない、いいイチゴを穫るタイミングは一期一会である。

キーウイがあんなに大きく育つとは思いもしなかった。ひょろひょろのオス、メス1本を買って植えたところ、育つ、育つ。棚が必要な木になり、どんどん成長し、ジャックと豆の木、ついに4畳半くらいの棚になった。

モサモサになるので枝を切る。収穫する前に枝を切ると、切り口からの樹液が止まらない。こんなに水を吸い上げているのだ。枝を切るのは冬である。

キーウイの花をつんで摘果しなければならないが、面倒だったので摘果しなかったら、ピンポン玉くらいのが400個ほどできたことがある。

野菜は人を見る

野菜をつくる中で、子育てと同じと思ったことが2つある。一つは甘やかせて育ててはダメ、である。

夏野菜は真夏には葉はしおれてクタッとなる。野菜も暑いのだろう。クタッとなるのは水が足りないに違いないと、炎天下にセッセと何度も水を運び、水をやる。

喜び、庭かけ回るのは犬で、野菜は喜びシャキッとなる。よかったね。ところが暑いとまたまたクタッとなる。これはイカンとセッセと水をやる。この繰り返しである。

あるとき、これを見ていた大家さん(プロの農家)から「あんたが水をやるので、この人は水をくれると思ってクタッとするのだ。水をやらないとでおきな。それで育つから」という趣旨のことを言われた。

そうか、野菜は人を見ているのだ。甘い人と思われている。そこからすべて水は雨水だけにした。

グタッとしても雨水の水でシャキとなり、いい野菜ができる。足りないくらいがちょうどいい。

甘やかしたらダメだ。それを学んでからの私は、子どもたちに巨人の星の「星一徹」のようになったとか。「巨人の星」50年前なので若い人は知らないだろうな

 

子どもは群れで育てる

レタス、サラダ菜にも挑戦した。種をまけばびっしり芽が出る。芽は次第に大きくなり密集する。今なら三密である。

芽かきをしなければならないが、芽が小さいうちにひとり立ちさせても育たない。早すぎると根が張らず、雨、風にも弱いので育たないのだ。

ある程度、大ききなるまでは密集した群れでなければ。子どもは群れで育つのだ。

ところが、あるところでひとり立ちさせなればならない。密集ではお互いが大きくなれない。ひとり立ちするときには隣との余裕をもたせてやれば大きく育つ。

早くなく、遅くない芽かきと、ひとり立ちのタイミングがわかるまで数年かかった。

子どもは群れで育て、やがて独立させ、親に依存させない。こんなことも野菜づくりから学んだ(ような気がした)

おわり