雑魚川を釣る

 

新潟からの帰り道、長野県飯山の黒川さんにお世話になる。黒川さんは東京のサラリーマンだったが、山が好きなことから飯山で古民家を改装したシェアハウスの管理人をしている。

アメリカのロッキーを縦断する5000kmのトレイルを2回しているくらいなので、身体に無駄がなく、びしっとしまっていて歩くのも早い。典型的な山屋さんの体型である。

この日、泊めてもらったのは古民家のおそらく江戸時代の蔵を改装したハウスである。

ここの社長がイギリス人で、イギリス人に日本の伝統に触れてもらうように造ったようである。もちろん、日本人でも泊まれるとのこと。

すべて完備で快適。ベットは3回回転しても落ちない2.5m幅である。

 

 

翌日は雑魚川を案内してもらった。パートナーの女性と一緒である。パートナーとは5000kmのトレイルで知り合ったとのことで、彼女も山屋さんである。

雑魚川は愛知から遠い。しかも志賀高原の奥であり、アクセスも悪い。このような機会がなければまず行くことはない渓流である。

彼らの車についていく。志賀高原のいくつかのスキー場やホテルを過ぎて到着。どのあたりかまったくわからない。ここはほとんど知られていない降り口とのこと。

細いわずかな踏み跡が続いている。急峻な踏み跡を笹や木の枝をつかんで40分。200mを下降してやっと雑魚川である。

二人はテンカラ二年目の初心者である。竿とラインのシステムがバラバラで、このためうまくキャスティングできない。そこでレベルラインに換えてやっとキャスティングが安定する。

雑魚川は秋山郷の最後の職漁師と言われた山田重男さんの漁場である。私が山田さんの息子さんを訪ね、かっての職漁の話を聞いたのがYouTube「テンカラの足跡を訪ねて」である。

雑魚川はさまざまな経緯をへて、志賀高原漁協はイワナ原種保存指定河川に指定している。支流を禁漁にして、20cm以下はリリース。一切放流せず支流からのいわゆる「しみだし効果」で維持するものである。

このため年券3300円、日釣り券550円と格安である。

短い区間しか釣りをしていない。場所もよくわからない前提で言えば、イワナが少ない。イワナには典型的な隠場があるが、そこからはまったくアタリがないのだ。時合でもなく水温でもない。

魚が少ないからアタリがない。私は竿を出さなかったが、借りた竿で1匹。

いつも見慣れたイワナとは違い、背中がグリーンで体側のオレンジが濃い。これが雑魚川の原種なのかもしれない。

水質は決してよくない。上流にスキー場やホテルがあるからだろうか。

20cm以上は持ち帰りでき、しかも匹数制限がない。維持するならむしろ、産卵に参加できる20cm以上を持ち帰り禁止にした方がいいかもしれない。

わずかな経験からであるが、持ち帰りできるなら、一切の放流なしでは魚を「増やす」のは難しいかもしれない。

魚は少ないが稀少なイワナの原種を釣るのを目的ならいいか、それなりに釣りたいと思えば難しいだろう。まったく情報なしに、ひょいと行って釣れるような川ではない。

結局、パートナーが一匹。黒川さんはボウズ。

さて登りである。ここを昇るのか!と思うと気が重い。少し後悔。よし昇るぞ。一歩、一歩昇ればいい。

「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず」徳川家康の人生訓が頭の片隅をよぎる。

斜度は50度くらい。ひたすら登りである。ヒーヒー言いながら大汗かいて1時間で完登である。

結構いけるじゃないか、とさっきの後悔が少しの自信へ。これならエベレストは無理でも地元の猿投山(629m)はいけそうである。