彼のことをすっかり忘れていた翌年の4月。
入学式から数日たって、「先生! 先生の大学の、先生の学部に入学しました。よろしくお願いします」と研究室に挨拶に来た。
なんと君か!
勉強目的もあるだろうが、私のところに来てテンカラを教えてほしいというのが本音だろう。
それからの山○は研究室に来て、毛鉤や、竿のことなどいろいろ聞いてくる。学生指導も先生の仕事の一つなので熱心に教え、一緒に釣行することも何度か。
3年生になり研究室の所属は当然、私のところになる。3年生のゼミ課題はある資料をもとにテンカラ人口を推計し、根拠を示せというものである。
勉強は留年しない程度そこそこにして、テンカラにのめり込み、幸せな4年間を送ったのだった。
今では職業プロカメラマンとして休みなく働いている。
40代となれば働き盛りである。体力もまだまだあるので、いくらでも仕事ができる。当然、身体も心も疲れてくる。
たまの休みになっても動きたくない、身体を休めたい。これが続くとどんなに好きなことであっても、まぁいいか。
どんどんと遠ざかっていき、やがてその無気力が仕事にも影響するようになる。
疲れているからと好きなことを控えるのは、かえって疲れを増す。仕事の疲れと好きなことで疲れるのは疲れ方が違う。
山○は今シーズン初めてのテンカラである。丸っと1年か2年ぶりである。
昔、あんなに好きだったテンカラである。腕もあるので、あっという間に時間が逆戻り。「仕事の疲れもとれました。明日から頑張れます」という表情も明るい。
仕事の疲れがテンカラでとれたことを感じた日であった。 |