仕事の疲れをテンカラでとる

 

山○は私の教え子である。教え子と言っても子どもではなく、すでに41歳である。

仕事が忙しく今年一度もテンカラに行ってないという。

仕事で疲れてしまってたまの休みも、ついつい動くのが面倒くさくなり、それが重なってテンカラに一度も行ってないようだ。

これではダメだ。疲れているときこそ、無理してでも好きなテンカラをすれば疲れがとれて、日々の仕事にもプラスになることは私自身も経験済みである。

ホームリバーにテンカラに行こうと誘った。

山○は大学入学前、私にテンカラを教えてくださいとメールを送ってきた。高校生から教えてくださいとメールが来たのは後にも先にも山○だけである。

聞けば二浪中だという。二浪なのに、また来年受験するのにテンカラしていていいのかと思ったが、熱心なメールにそれではと夏の某日、岐阜県小坂川でテンカラを教えた。

腕は今一つで知識も少なかったが、熱いメールにたがわず、どこに毛鉤を落とせばいいか、沈ませるにはなど、レベルの高い質問からこの子は上手くなると思った。

「ありがとうございました」

「君は二浪中だし大学受験もあるので、今シーズン、テンカラはやめて受験に専念した方がいいと思うよ」

 

 

彼のことをすっかり忘れていた翌年の4月。

入学式から数日たって、「先生! 先生の大学の、先生の学部に入学しました。よろしくお願いします」と研究室に挨拶に来た。

なんと君か!

勉強目的もあるだろうが、私のところに来てテンカラを教えてほしいというのが本音だろう。

それからの山○は研究室に来て、毛鉤や、竿のことなどいろいろ聞いてくる。学生指導も先生の仕事の一つなので熱心に教え、一緒に釣行することも何度か。

3年生になり研究室の所属は当然、私のところになる。3年生のゼミ課題はある資料をもとにテンカラ人口を推計し、根拠を示せというものである。

勉強は留年しない程度そこそこにして、テンカラにのめり込み、幸せな4年間を送ったのだった。

今では職業プロカメラマンとして休みなく働いている。

40代となれば働き盛りである。体力もまだまだあるので、いくらでも仕事ができる。当然、身体も心も疲れてくる。

たまの休みになっても動きたくない、身体を休めたい。これが続くとどんなに好きなことであっても、まぁいいか。

どんどんと遠ざかっていき、やがてその無気力が仕事にも影響するようになる。

疲れているからと好きなことを控えるのは、かえって疲れを増す。仕事の疲れと好きなことで疲れるのは疲れ方が違う。

山○は今シーズン初めてのテンカラである。丸っと1年か2年ぶりである。

昔、あんなに好きだったテンカラである。腕もあるので、あっという間に時間が逆戻り。「仕事の疲れもとれました。明日から頑張れます」という表情も明るい。

仕事の疲れがテンカラでとれたことを感じた日であった。