釣りを表す言葉としてテンカラはあまりに異質なためテンカラファンの誰しもが、「うーむ、なぜテンカラだろう?」と考える・・ということはない。
テンカラは山釣りだから源流遡行の習癖があるので、とりわけ語源についてもその源を探りたいのだ・・ということもない。
語源なんて別にどうでもいいじゃないか、わかったところで尺アマゴが釣れるわけじゃなし、それよりも尺アマゴのマル秘ポイントを教えてほしいというところが大方だ。
まぁ、たいがいの人は語源やルーツなどどうでもいいのである。私の名字の石垣にしてもなぜ石垣なのか? その由来とか、ご先祖様なんて深く考えたことはない。もちろん名字由来辞典などもあってそれなりにわかるが、わかったところでどうなんだという冷めたところが私だけでなく誰にでもある(と思う)
由緒正しき綾小路とか、冷泉であればルーツ探しに力が入ろうというものだが、私の親父の親父は多分江戸時代の生まれで、これ以上奥に人はいないというしぞーか(静岡)のドン詰まりの山奥の炭焼きだったわけで、調べたところでたかが知れている。
名字にしても明治になって炭焼きにも名字をつけなければならなくなったとき「庄屋さん、何としたらいいズラ」と聞いたら、お前の家には石垣が多いから石垣はどうズラと、かなりいい加減に付けられたのかもしれないのだ。
学究派探求説
その道一筋という人がどの世界にもいるもので、珍妙なだけにテンカラの語源に迫った学術的香りの高い高説から魚屋のおっさんの珍説まで古今入り交じって玉石混淆、支離滅裂、唯我独尊、冗談半分、カオスの世界である。語源を分類してみると、学究的な探求心にもとづき学術的考察をくわえたマジメ派と、冗談派に分類される。まずマジメな説から
・テンカラ転化説
語呂合わせみたいだが、江戸時代の「テンガラ」と呼ばれていた鮎の引っかけ釣りが毛バリ釣りを表す言葉にすりかわったというもの。テンカラが引っ掛けだったことは文献や、現在でも新潟にはサケの引っ掛け釣りのテンカラがあることからわかるのだが、なぜテンカラと呼んだのかという語源は定かではない。この説は後述するような毛バリ釣りの特性に語源を求めたものではなく、この説にたてば毛バリ釣りの中にテンカラの語源由来を求めることは意味をなさない。
・シンガラ説
シンガラ説の由来については、故・山本素石さんの『西日本の山釣り』や熊谷栄三郎さんの『山釣りのロンド』に詳しく書かれている。山釣りのロンドによればシンガラ説は京都の奥で民宿を営む森茂明さんが民俗学者・柳田邦男の「シンガラ考」から着眼し、山本素石さんが発展させた説であるという。
これは全国各地で子供の片足跳びをケンケンといったり、シンガラ、チンギリ、チンカラ、ツンカラ、テンテンカラカラと言ったりすることから、素石さんは毛バリを振りながら遡行する釣り師の姿があたかもケンケンするようなのでテンカラの呼称が生まれたのでは考えたという。
熊谷さんは釣り師の姿ではなくむしろ水面を躍る毛バリの動きそのものがケンケン跳びのようであるから、そこに注目して昔人はテンカラと呼んだのではと考えている。いずれにしろ柳田国男のシンガラ考から引っ張りだしてテンカラと結びつけた点は慧眼である。
・伝韓(てんから)説
これは『テンカラ奥義』に載っている切道三郎さんの説である。要は「続日本後記」の中に百済帰化人の釣りの達人が釣り糸をたれると魚が口をパクパク開いてたちまち百匹以上釣ってしまったという記述があり、これは毛バリで釣ったに違いないと切通さんは考えたわけである。韓から伝わったので伝韓(てんから)だというものである。
・たんから説
同じく切通さんは『てんからFishing』にたんから説というのを載せている。これは江戸時代に釣り糸としてたんから(丹殻)と呼ばれていた染材で染めた糸があり、釣り糸としてすぐれていた。テンカラは糸の強さが求められるので使ったのではないか。よって「たんから糸の釣り」からてんからに転化したというものである。
両説ともよくぞここまで調べたと思うが、強引こじつけの印象は免れない。ジンギスカンは源義経だったというのもあながち眉つばではないように思えてくる。
・鍛冶屋の里謡(はやりうた)説

久々登場の新説である。江戸時代まで鍛冶屋のツチ打つ響きはテンカラないしはチンカラと表現されていたとする鹿熊勤さんの説である。テンカラの何度も叩くように振り込む技法が鍛冶屋のツチを振り下ろす動作と重ねられていったからではないかというのである。
さすがに鍛冶屋研究をライフワークとする鹿熊さんである。鹿熊さんは名前からして渓流に縁があるが、ご本人もテンカラ好きで、私は何度かご一緒した。人柄を知るだけにこの説には説得力を感じる。
ほとんど冗談説
・十人十色でテンカラー
これが冗談の古典である。英語混じりが面白い。百人百色なら…。
・合わせが難しいから
10回出て1回かかればいいからテン空だ。あなた腕が悪いね。合わせが早いんだよ。
・てんから釣れない
確かに釣れない。私などいつも五分刈り(坊主に近い)。
・餌釣りの十匹に匹敵
テンカラで釣った1匹は餌釣りの10匹に匹敵するほど面白い。テンに匹敵するカラ。納得である。ぜひ餌釣り師にすすめたい。
・天から毛バリ(餌)が
毛バリが天から落ちてくる。フロム・スカイというわけだ。人工衛星も落ちてくる。
・テンプラカラアゲ説
女性向けの説である。「リバー・ランズ・スルーイット」を見た女性たちがブラッド・ピットに痺れてしまい、私もフライをやってみたいわと言い出したので「お嬢さん、フライなんていうバテレンの食い物に手を出したらいけません。日本にはテンプラという伝統的和食があるではありませんか。ダイエットにもいいのです」と食欲から迫りつつテンカラに引き込もうというものである。ところでテンプラはわかるけど、カラアゲって和食だったっけ、え、中華?
・点から説
木村一成さんの『名人達の釣り道具』に出てくるテンカラは点に毛バリを落とすことであり、その点をいかに見つけるかであるとする彼の師匠の教えである。忠実に守った弟子の木村さんがすぐに師匠を追い越したので、師匠の目が点になったからという話の方が真実らしい。
・テンカラは天気から
データ魔・渡辺範久さんの説である。二月の中部寒狭川の釣果と水温、気温の関係から、テンカラは天気からという関係を導き出したきわめて学術的意義の高い説である。釣果は親しい釣り人からの聞き取りというところがチト苦しいがその発想と努力には頭が下がる。
・カンテラ説
テンカラの時合いは朝夕まずめ。釣り場までの行き帰りを職漁師はカンテラを下げて通っていた。カンテラを下げた釣りだ。カンテラ、カンテラ…と言っているうちに、いつのまにかテンカラになってしまったというテンカラ普及委員会冗談顧問の私の説である。苦説十年考えたものである。
|