視力と老眼

 

誰だって目(視力)はいい方がいい。

 

子どもの頃は目がよかった。郷里では毎年731日に「輪くぐりさん」の夏祭りがあり、朝から祭りを知らせる空砲が上がる。

 

子どもたちははるか上空でパカンと割れた殻を追って走る。たくさん拾ったものがその日のヒーローである。

 

ときどき落下傘(パラシュート)が入っているのがあり、それを追ってどこまでも走る。あの頃は上空で割れる殻が見えるいい視力があった。

 

高校2年生からメガネをかけ始め、以来60余年、一日としてメガネを外したことがない。メガネが顔の一部になっている。だからどんなメガネがいいか悩むメガネフェチである。

 

裸眼で0.1ないので見るものピンボケである。最近はアタマもピンボケを自覚するようになった。

 

60年一緒だったメガネなしで暮せないだろうかと思う。

 

私の歳ではやがて白内障になるので手術のとき遠くにピントが合う眼内レンズを入れればメガネは不要になる。

 

しかし、そうなると今度は近くがピンボケになるのでハリスを通せなくなる。結局、老眼鏡が必要になりメガネから離れられない。

 

人は人それぞれなので中高年になってもメガネなしで遠くも近くも見えるという人もいる。

 

今では遠近両用の眼内レンズもあるが、そのほとんどが自費診療で高い。

 

この分野はこれから更に進化するので、やがてメガネなしでテンカラができる日が来るかもしれない。それまで生きていればだけれど。生きていてもテンカラができなければ(涙)

 

アフリカ人の視力

 

長い間、目(視覚認知)の研究をしてきたので視力についてのウンチク。

 

視力は難しい言葉では「形態知覚の鋭敏さ」である。ひらたく言えば「どこまで細かいところが見えるか」である。

 

その目はどのくらいのフオーカスがあるか。フォーカスの程度を調べるのが視力検査。

 

視力検査ではCの切れ目を小さくしていって限界を調べる。メガネを作るときや運転免許でなじみの検査である。

 

通常の検査は5mの距離で測る。5m離れて視力1.0のCの切れ目がわかれば視力1.0である。私たちの暮らしでは1.0あれば十分である。普通運転免許は0.7である。

 

世界にはすごい視力の人がいる。はるか以前、地元東海TVの番組でサンコンさんの甥の視力を測ったことがある。

 

アフリカのギニア出身のサンコンさん(外交官)を若い人は知らないと思うが、視力がいいことも売りにしていた。

 

甥が日本に来て3ヶ月、きっと目がいいに違いないという企画で甥の視力を測ることになった。

 

テレビ局の屋上に視力計を持ち込んで測った。なんと視力1.0のCを20m離れてわかった。

 

つまり5mの4倍の20mの距離で1.0のCの切れ目がわかるので、この人の視力は4.0である。

 

彼には私たちよりもっと細かいところまで見えている。そこで道路を挟んだビルの屋上にいる小鳥がどちらを向いているか調べたがわかる。私は双眼鏡でかろうじて。

 

彼の視力はアフリカという強い日差しで明るく、乾燥した遮るもののない平原という環境に適応した視力である。

 

そこにはライオンの天敵がいて、牛の獲物がいる。いかに遠くからライオンか牛を見極めなければ生き残ることはできない。

 

このような遠くを見通せる視力は生存のために本来、私たちが持っていたものである。しかし、アフリカでも都市化した環境で暮す人たちの視力はごく普通である。

 

都市では遠くを見通せる環境はない。日常はテレビや、パソコン、スマホといった近くを見る生活である。抜群だった視力もやがて近くを見る環境に適応していき、普通の視力になる。

 

赤ちゃんの視力

 

生まれたばかりの赤ちゃんは明暗がわかるくらいであるが、生後6ヶ月では視力0.06くらいになる(私とほぼ同じ) 3歳の子どもの3/4は視力1.0の大人の視力がある。

 

このように体力の発達などに比べて視力の発達はきわめて速い。知能の発達を促すためにははっきりものが見えることが必須だからである。

 

毛バリと老眼

 

釣り人の、とくに中高年にとって最大の悩みは老眼である。

 

毛バリのアイが見えない、ハリスが見えない、ピントが合わない。さらに歳をとるとブルブル手が震える。

 

目の前でライズしてるから焦る。焦ってしまってかえってできない。

 

あぁ、イライラする。よし、できた! 掛けた途端にスッポ抜け。ハリスがしっかり結んでなかった。あぁ老眼!

 

老眼は平均的には45歳くらいから始まる。

 

例として指の指紋を見る距離でわかる。若いとき、たとえば20歳くらいだと目から15cmくらいでも指紋がはっきり見える。

 

しかし、歳を重ねるにつれこの距離が次第に遠ざかる。40歳代になると30cmを越えるようになる。

 

つまり30cm以内のものにはピントがあわなくなるのだ。だからアイが、ハリスが見えなくなりイライラする。

 

このため、毛バリとの距離を遠ざけると見えるので無意識に「前へならえ!」にみたい腕を伸すようになる。

 

よく老眼は治るのか? よくする方法はあるのか?と聴かれる。

 

答えは「ない」

 

老眼は加齢にともなう眼球の器質的変化である。 近くを見るには水晶体を厚くしなければならないが、加齢とともに水晶体の水気がなくなり、水晶体が厚くならない。このため、近くにピントが合わなくなる。

 

女性の悩みである肌のシワが増えるのも老化である。器質的変化は元に戻らない。

 

中高年の女性が20歳のお肌に戻りたいと、高い高級化粧品を塗っても20歳には戻れない。

 

毛バリが通せないなら老眼鏡しかない。今では釣り用の老眼鏡(拡大鏡)がいろいろ出ている。

老眼は60歳くらいまで進むので老眼鏡の度を変える必要がある。

 

若いときアフリカ人のように目がよかった人ほど40歳を前に老眼が始まる。それまでメガネなしだったので老眼鏡が必要になったショックは大きい。

 

「老眼」は江戸時からの言葉である。当時なら45歳になれば隠居の老人である。

 

「老」がよくない。周囲から年取ったと思われたくなく、老眼鏡をかけずに無理する人がいる。

 

無理するので頭痛、肩こりなどの不調につながる。人生は順送り。老眼鏡のお世話になろう。

 

今は100年時代。40代から「老」は時代にあっていない。実眼、熟眼、成眼などはどうかと思う今日この頃である。

 

生活になじみ、歴史のある言葉が代わるのは難しいが。

 

近年のアメリカ大統領は老眼鏡をかけた姿をメディアにさらさない。若くみられるのが大統領の資質の一つである。

 

ブッシュ、オバマ、バイデン、トランプ。メディアの前で老眼鏡をかけた顔を見たことがない。メデイアのないところでは掛けるのか、あるいは遠近の眼内レンズを入れてしまうのか。

 

老眼だったことがわかる大統領がいる。ローガン大統領である。